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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)8615号 判決

原告

豊島友次郎

右訴訟代理人弁護士

甲田通昭

江角健一

養父知美

被告

高圓運輸株式会社

右代表者代表取締役

小林義人

右訴訟代理人弁護士

畑守人

中川克己

福島正

松下守男

主文

一  原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、平成三年六月二五日から本判決確定に至るまで毎月二五日限り一か月金四二万三六〇〇円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求に係る訴えを却下する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一項と同旨。

二  被告は、原告に対し、平成三年六月二五日から毎月二五日限り一か月金四二万三六〇〇円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告と原価精算給労働契約を締結し、正社員と異なる地位にあった原告が、被告に対し、原告の所属する労働組合を通じて正社員化の申入れをしたとの理由で解雇されたため、その無効を主張して右労働契約上の地位の確認と右地位の継続を前提として解雇時以降の賃金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

被告は、門真市所在の一般区域貨物自動車運送事業を目的とする会社である(以下「被告会社」という。)。その業務は、枚方市所在の共英製鋼株式会社の製品をトレーラー輸送することである。

原告は、昭和六三年一月初めころ、後記原価精算給のトレーラー運転手として被告会社に入社した。

2  労働契約の内容

原・被告会社間の労働契約(以下「本件労働契約」という。)は、原価精算給労働契約と称されており、その主な内容は次のとおりである。

(一) 被告会社は、原告に被告会社の指示する貨物の運搬及び付帯作業を行わせ、それに対し原価精算給を支給する。原価精算給は、毎月の締切日までの原告の売上げから、車両償却費(売上額の一五パーセント)、自賠責保険料、任意保険料、自動車税、自動車重量税、管理経費、燃料費、油脂費、修繕費、タイヤ・チューブ費、通行費(高速道路通行料金)、諸費を差し引いた額とし、毎月二五日限り支払う。

(二) 原告は、右業務を履行するために必要な車両、機材等を確保し、その他必要経費を負担する。ただし、被告会社は、原告の申出により被告会社の所有する車両機材等を有償で貸与する。

(三) 原告は、本件労働契約の業務履行について被告会社の指揮監督に従う。

(四) 契約期間は定めない。

(五) 本件労働契約に基づく業務遂行中に発生した事故又は第三者に加えた損害については、原告は、自己の責任において処理解決する。

(六) 原告が本件労働契約書条項及び同契約書付属の覚書と異なった労働条件を求めたときは、被告会社は、直ちに本件労働契約を解除することができる(本件労働契約書九条二項。以下「本件解除条項」という。)。

3  被告会社が原告を解雇した経緯

(一) 平成三年二月四日、被告会社内に全日本港湾労働組合関西地方大阪支部(以下「組合」という。)の下部組織として高尾田辺分会高圓班(以下「高圓班」という。)が結成され、原告は、当初から同班に加入した(以下、月日のみを示すときは平成三年のことである。)。

高圓班結成後、組合と被告会社とは継続的に団体交渉を行い、組合は、被告会社に対し、安全衛生委員会の設置、組合共済会への加入等の問題とともに、原価精算給労働者を正社員にするよう要求した。これに対し、被告会社は、原価精算給労働者の正社員化要求に応じなかった。

(二) 六月二〇日の団体交渉において、組合は、被告会社に対し、原価精算給労働者を正社員化し、現在原価精算給労働者が自己負担している自動車税、保険等の諸費用を会社負担にするよう要求する旨の申入書を提出した。これに対し、被告会社は、次回の団体交渉の場で文書で回答する旨約した。

同月二四日、被告会社の上村和則総務部長(以下「上村総務部長」という。)は、原告に対し、原告の行為が本件解除条項に該当することを理由に本件労働契約を解除する旨の通知書を手渡そうとし、もって被告会社は、原告に対し、解雇の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)が、原告が右通知書の受領を拒絶したので、右通知書を原告の自宅宛てに郵送した。被告会社は、その後原告の就労を拒絶している。

上村総務部長は、同日、組合に対しても同様の趣旨の通知書を届けた。

同月二五日、被告会社は、原告に対する解雇予告手当として四二万三六〇〇円を供託した。当時、原告の一か月分の原価精算給(平均賃金)の額は四二万三六〇〇円であった。

同月二六日の団体交渉において、被告会社は、組合に対し、原価精算給労働者の正社員化及びその他の会社による費用負担等の待遇改善には一切応じられない旨の回答書を提出した。

4  被告会社は、以来、原・被告会社間の本件労働契約は終了したと主張し、原告の就労を拒否している。

二  主たる争点

1  解雇事由の存否

(被告会社の主張)

(一) 原告は、被告会社に対し、組合を通じて正社員化の申入れをした。原告の右行為は、本件解除条項に該当する。

(二) 本件解除条項の趣旨及び有効性について

社員運転手と原価精算給労働者とはいずれも被告会社の遂行する運送業務に従事するという点においては共通であるが、契約内容等においては際立った違いを見せており、両者は制度的に別個のものと考えなければならない。したがって、原価精算給労働者として会社と契約した者は、自らが社員運転手とは制度的に異なる立場で会社と契約関係に入ったものであることを十分に自覚した上で業務に従事する必要がある。原告のように被告会社に対し執拗に正社員化を要求するような場合には、もはや被告会社において契約時に期待したような「原価精算給労働者としての自覚を踏まえた業務の遂行」が客観的に見て期待し得ないことは明らかである。本件解除条項は、このような場合に会社側において契約を解除する権限を留保したものであり、当事者自治の範囲内に属するものとしてその有効性を肯定されるべきである。

(三) 本件解除条項の解釈について

本件労働契約書の文言自体は格別の制限を付していないものの、前記のような本件解除条項の趣旨からみて、ごく些細な契約内容の変更の申入れをしたにすぎないような場合についても、すべて即時契約解除の対象となると解するのは、当事者の意思解釈のあり方として必ずしも適切ではない。当該労働者の要求が「原価精算給労働者としての自覚を踏まえた業務の遂行」と両立し難い程度・内容のものであることが必要であると解すべきである。具体的には、原告の行為のように、原価精算給労働者の制度そのものや自らの原価精算給労働者たる地位自体の否定・変更を求めるような場合はもちろん、原価精算給労働契約の本質的あるいは重要な部分の変更・廃止を求めたり、原価精算給労働契約の性質に実質的な影響を与えるような新たな条項の導入を求めたりするような行為がこれに該当するというべきである。

一般的な意味での「改善要求」は、原価精算給労働契約という制度そのものは必ずしも否定せず、その部分的な「改善」を求めるという趣旨のものであろうと思われる。このように、原価精算給労働契約そのものを否定するか否かという点において、「改善要求」と「正社員化要求」とは概念的に異なるものであることが明らかである。しかしながら、「改善要求」であっても、その趣旨が原価精算給労働契約の内容について、実質的な変更を求めるようなものである場合には、本件解除条項の対象となる余地があることは否定できない。

(原告の主張)

(一) 正社員化要求を行ったのは、原告ではなく組合である。

(二) 本件解除条項は、解雇の根拠になり得ない。

労働者が自己の労働条件の改善をはかるため労働組合に加入すること、労働組合を通じて労働条件について団体交渉を行うことは、憲法、労働組合法の保障する基本的権利である(憲法二八条、労働組合法一条一項)。これは、公の秩序となっているので、この基本的権利を否定するような法律行為は、私的自治の範囲を越え民法九〇条により無効となる。

本件解除条項は、労働者の団体交渉権を否定するものである。被告会社は、同条項に該当する場合を限定的に解釈するから問題ない旨主張するが、そうすると、結局、同条項に該当するか否かを被告会社が恣意的に判断することになりかねず、実際上労働者は解雇を恐れて団体交渉権を行使できないことになってしまう。団体交渉権という権利の重大性にかんがみ、このような萎縮的効果をもつ条項の効力自体認めるべきではない。

2  解雇権濫用の有無

(原告の主張)

仮に、原告が被告会社に対し、組合を通じて正社員化を要求したのであるとしても、それは原告が労働者に保障された団体交渉権という基本的権利を行使したにすぎない。正社員化の要求も労働条件改善の要求であり、そのために組合を通じて団体交渉を行ったとしても、それはまさに労働者に保障された基本的権利行使の場面なのである。こうした要求を行ったことを理由に解雇処分をもって臨むことは許されない。本件解雇は、右基本的権利を全く否定するものであり、私的自治の範囲を逸脱し、公の秩序に反するものであるから民法九〇条により無効である。

(被告会社の主張)

争う。

3  原告は、右以外に本件解雇は、不当労働行為であって無効である旨主張した。

第三主たる争点に対する判断

一  前記争いのない事実に証拠(〈証拠・人証略〉)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告会社は、昭和六〇年から原価精算給労働契約制度を取り入れ、以来、今日に至るまで運転手を正社員として採用したことはなく、すべて原価精算給労働契約によっている。

原告が被告会社に入社したのは、被告会社に原価精算給労働契約によって入社していた友人の桑原大祐の紹介を受けたからであった。原告は、当初、期間を三か月として本件労働契約を締結し、右三か月経過時に右労働契約を期間を六か月として更新し、さらに右期間経過時に期間を一年として右契約を更新し、以来、本件労働契約は前記のような内容を有するものとして継続している。

2  原価精算給労働契約と正社員契約とは、賃金体系やその他の労働条件において種々異なっている。原告は、被告会社に入社し被告会社の指示を受けてトレーラーの運転業務に従事していたが、本件労働契約においては、基本給、残業手当、有給休暇の定め、夏、冬の賞与の支給、退職金制度がなく、また、車両償却費、自動車保険などが原告の負担として控除されるなど正社員の労働条件に比し決して有利な労働条件でないと考えるとともに、自らの健康を含む今後の稼働状況に不安を感じるようになった。丁度そのころ、原告は、組合に加入することについて勧誘を受け、組合が原価精算給労働契約によって稼働している労働者の労働条件を改善することを求めてくれることを期待して組合に加入した。

3  二月四日、組合は、被告会社に対し、高圓班が結成されたことを通知するとともに、原価精算給労働者を正社員にすることなどを求めて団体交渉を申し入れ、三月八日、団体交渉がもたれたが、被告会社代表者小林は、即答を避け、「検討の上回答する。」旨答えた。なお、右団体交渉において、組合は、右小林に対し、原価精算給労働者の正社員化を求めながら、とりあえず原告を正社員とすることを求める発言をした。ちなみに、被告会社の原価精算給労働者六名中で組合に所属していたのは原告のみであった。

4  四月二日及び同月六日にも原価精算給労働者を正社員にすることについて団体交渉がもたれたが、被告会社は拒否の態度を貫いた。他方、組合は、右交渉の中で暗に原告のことを指して正社員化を求める発言をした。そして、上村総務部長は、同月六日の団体交渉の席で、組合に対し、「原告が正社員化を要求するのであれば、その行為は本件労働契約に違反し、契約解除の理由になる。したがって、被告会社としては、原告に契約解除の通知を渡すことも含めて検討せざるを得ない。」旨伝え、解除通知の文案を示し、その写しを交付した。これに対し、組合は、「この問題については、組合として解決のために対応していくので、今の時点では本人にこの文書を出さないで欲しい。」旨述べた。

5  その後、組合と被告会社は、原価精算給労働者を正社員にすることについて折衝したが、進展がないまま経過した。

そして、六月二〇日、組合と被告会社の間で、前記のような交渉がもたれ、その席において、組合としては、原価精算給労働者全員の正社員化を求めるが、最終的には原告を正社員とすることを求める旨の発言をした。これに対し、上村総務部長は、組合に対し、「本人の意思を確認するが、本人も正社員要求の意思であれば、会社としては契約を解除します。」と伝えた。

6  六月二四日朝、上村総務部長は、原告を被告会社の事務所に呼び、原価精算給労働者全員の正社員化についての原告の意思を確認したところ、原告は、「私は、一切組合に任せています。組合の要求どおりです。」と答えた。

二  主たる争点1(解雇事由の存否)について

1  前記及び右の事実によると、組合は、被告会社に対し、高圓班結成以来、団体交渉において継続して原価精算給労働者の正社員化の申入れをしてきたこと、右団体交渉当時、被告会社の原価精算給労働者六名中組合員は原告のみであったこと、組合は、団体交渉の場において、原価精算給労働者全員の正社員化を求める姿勢を示しながらも、最終的には原告の正社員化を求める旨の発言をしたこと、原告は、本件労働契約の改善を求める意思もあって組合に加入したので、組合の右要求を全く正当なものであると考えていたこと、被告会社の上村総務部長は、六月二四日、原告に会って、原告自身も組合と同じく正社員化を要求する意思を有していることを確認した上、被告会社は、原告が組合を通じて正社員化を要求したものと認め、本件解除条項に該当するとして、原告を解雇したものということができる。

そして、右の事実関係からすると、原告は、組合が原告ら原価精算給労働者の正社員化について交渉することを是認し、支持していたということはできるが、これをもって原告が自らの行為として組合に依頼しあるいは組合を通じて被告会社に対し、自己の正社員化を求めたものと認めることはできず、むしろ組合がその活動の一環として原告ら組合員の意を汲んであるいは原告ら組合員を代表して被告会社との間で原価精算給労働者の正社員化について交渉したものと認めるのが相当である。ほかに被告会社主張のように原告が組合を通じて正社員化を要求したものと認めるに足る証拠はない。

2  すすんで、仮に、右の事実をもって原告が組合を通じて被告会社に正社員化を要求したものと評価し得るとして、本件解雇条項に該当するかどうかについて検討を加える。

ところで、労働組合が、使用者に対して、団体交渉の場において、組合員を代表して、組合員の労働条件の改善・変更を求めて交渉することは、使用者においても尊重すべき労働組合及び労働者の基本的な権利であって、労働組合のこのような行動を理由に当該組合員に不利益を課することは許されるべきではないというべきである。他方、労働者が労働契約において、労働組合に対し、労働者の労働条件の改善・変更を求めることを依頼しないとか、右のような行為を行った場合は解雇することができるなどとの約定をしたとしても、それは労働組合及び労働者の右基本的権利に抵触するものとして、その効力は否定されるものといわなければならない。このような観点から、本件解除条項を合理的に解釈すれば、右条項は、組合が団体交渉の場において、組合員たる原価精算給労働者の正社員化を要求した場合、右要求が当該組合員の意思に沿うものであり、右組合員が組合を通じてこれを要求したものと評価し得るときには、右組合員を解雇できるという趣旨まで合意したものとは到底認めることはできない。そうすると、右の事実をもって原告が組合を通じて被告会社に正社員化を要求したものと評価し得るとしても、原告の行為は、本件解除条項に定めた解雇事由には該当しないものというべきである。

のみならず、本件解除条項が、前記のような事実関係の下で原価精算給労働者である原告が組合を通じて正社員化を要求したとして解雇できるという趣旨まで合意したものであるとすれば、現行法上尊重されるべき前記権利を否定することに繋がる合意として民法九〇条により無効であるというべきである。

3  よって、被告会社主張の解雇事由の存在を認めることができない。

二  主たる争点2(解雇権濫用の有無)について

以上のとおり、本件解雇は、被告会社主張の解雇事由が存在しないばかりでなく、前記の事実関係からすると、客観的にも合理的な理由を欠き社会通念上も相当なものとして是認することができないから、解雇権を濫用した無効なものというべきである。

よって、原告は、被告会社の原価精算給労働者としての地位を有する。

三  賃金請求について

1  被告会社が本件解雇以降原告の就労を拒絶していること、原告の原価精算給(平均賃金)の額が一か月当たり四二万三六〇〇円であること、原価精算給が毎月二五日限り支払われること、原・被告会社間の契約に期間の定めがないことは前記のとおりであるところ、原告は、被告会社の原価精算給労働者としての地位を有する以上、被告会社に対し、本件解雇以降本件口頭弁論終結の日(平成五年四月二六日)まで、毎月二五日限り一か月当たり四二万三六〇〇円の賃金請求権を有するものということができる。

2  しかし、原告の賃金請求の内、本件口頭弁論終結の日以後の請求部分は、将来の給付の訴えであり、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り提起することができる。そして、被告会社は、現在、本件解雇を有効と主張して原告に対する賃金の支払を拒否しており、本判決が確定するまでは原告と被告会社との間で紛争が継続し、被告会社が賃金の支払に応じないことが容易に予想されるのであるから、原告は、被告会社に対し、本件口頭弁論終結の日以後、本判決が確定するまでの賃金請求をあらかじめする必要があるものということができる。しかし、被告会社は、本判決により本件解雇の無効が確定し、原告の本件労働契約上の地位が確認されればその趣旨に従って将来の賃金を支払うことが予想され、被告会社が原告の就労を拒否することが明らかに予想される等特別の事情も認めるべき資料がないから、本判決確定後の賃金請求については、あらかじめ請求をする必要があるとはいえない。

したがって、将来の賃金請求に係る本件訴えの内、本判決が確定するまでの請求に係る訴えは、あらかじめ請求をする必要が認められるので適法な訴えとしてこれを認容すべきであるが、本判決確定後の請求部分に係る訴えは、あらかじめ請求をする必要があるとはいえないので不適法として却下する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官 大竹たかし 裁判官 倉地康弘)

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